おわりに

おわりに

実は私の父もかつて中小企業の経営者でした。愛知県という土地柄、繊維会社を経営していました。私は大人になったら、家業を継ぐつもりで経営の勉強もしていたのですが、ある日、急に父から「お前に会社は継がせない」と言われました。

私は将来の予定が根底から狂ってしまい、ひどくショックを受けましたが、父の決意は固く変わりそうもなかったので、私はそれまでの勉強を生かして公認会計士になりました。

さて、私が今の職に就き、父の会社の経営状況を見てみたところ、随分前から業績が右肩下がりになっていたことを知りました。父にしてみれば、息子に経営状況の悪い会社を押しつけることは忍びないという配慮があったようです。

私はプロとして、父に「会社を閉じるべきだ」と意見しました。会社のために父個人の資産をつぎ込んでも経営が改善する見込みはなく、一時しのぎにしかならないことが見通せたからです。

ところが、父には父のプライドがあったのでしょう、私の「会社を閉じろ」という言葉に、父は激高しました。「俺の会社に口出しするな」「お前に迷惑はかけていない。俺には俺のやり方がある」と言うのです。

親子間は険悪になりましたが、私もそこは譲れません。絶対に自分が正しいという自信と、「今、会社を閉じることが父の財産を最大限守ることになる」と思ったからです。

私は母親に「このままでは会社が潰れるだけでなく、抵当で自宅も失ってしまうかもしれない。だから、早く会社を閉じたほうがよい」と事情を話しました。

母の説得もあり、父は渋々、会社を閉じることを了承しました。ただし、父子の間の遺恨は消えず、その後3年間、私は父から口をきいてもらえませんでした。

父が私に口をきいてくれるようになった背景には、知り合いの同じような会社の倒産がありました。昔からよく知っている仲間の経営者たちが、個人資産もほとんどゼロになるような胸の痛い廃業のしかたをしていくのを間近で見て、私がしたことの意味を理解してくれたのです。

父にも照れがあるのか、直接に感謝の言葉を掛けてもらったことはありませんが、私が「あのとき、会社を閉じておいてよかっただろ」と言うと、そうだねと笑ってくれたりします。

このように、何をもって事業承継の「成功」とするかは、人それぞれで違います。場合によっては、会社を畳んだり、長年連れ添った幹部社員を人員整理したりといったつらい決断もあるでしょう。しかし、親子で承継をしようとする場合には、どんなかたちであれ会社をベストな状態にしておき、親も子も幸せになることが、一番大切なことなのです。

親子承継では家族や従業員・取引先など、さまざまな関係者の感情が交差します。複雑に絡まり合った感情の一つひとつを解きほぐしていく作業は大変ですが、これが上手にできたとき、その先に見えてくる未来は必ず明るいものになります。

片手だけで絡まり合った糸をほどこうとすると、それは至難の業です。しかし、右手と左手が協力してやれば、はるかにスムーズに解きほぐすことができます。

事業承継の際には、絡まった糸を親が右手、子が左手になってほぐしていくことが必要です。そして、自分たち親子の事情や思いだけでなく、関係者それぞれの事情や思いを汲み取りながら、利害を調整していってください。二人が調和して動くことで、複雑になりがちな事業承継もきっと乗り越えやすくなっていくはずです。

会社の数だけ事業承継のかたちがあり、家族の数だけ相続のかたちがあります。誰かがうまくいった方法だからといって、そっくりそのまま真似をしても、必ずしも正解にたどり着けるとは限りません。ぜひ親子で存分に意見を戦わせながら、「私たち親子ならではの承継」を叶えていってほしいと思います。

本音で語り合い、心を一つにして承継を実現できたとき、親子の絆はそれまで以上に強いものになっていることでしょう。そして、会社は新しい時代に向けて、親は豊かな第2の人生に向けて、それぞれに大いなる船出をしていけるに違いありません。

本書が経営者親子の道じるべとなり、一組でも多くの親子承継を成功に導くことができれば幸いです。

2016年3月 公認会計士 小島正稔

小島正稔(こじままさとし)

税理士法人リンクス 代表社員
公認会計士

昭和38年、愛知県生まれ。
南山大学経済学部卒業後、公認会計士として監査法人に勤めたのちに税理士資格を取得。平成18年税理士法人リンクスを立ち上げ独立。中小企業から大手企業に至るまでさまざまな業種の経営をサポートするなかで事業承継のコンサルテイング実績も多数。財務以外のサービスにもワンストップで応えるきめ細やかな対応が、多くの顧客から圧倒的な支持を集めている。

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