CASE01
突然の事業承継で関係者一同、大混乱!
CASE01
突然の事業承継で関係者一同、大混乱!
Aさん 70代 製造業/【家族】妻、長男、二男
愛知県で製造業を営むオーナー社長のAさん(70代)には50代になる二人の息子がいました。長男は別の会社を自分で起業しており、二男はAさんの会社で役員として働いていました。
Aさんは若い頃はスポーツ青年で、健康には自信がありました。これまで病気らしい病気をしたこともなく、最近の健康診断でも血圧が高いくらいで大きな異常は見つかりませんでした。血圧は飲み薬でコントロールができており、Aさんは「誰でも年を取れば血圧くらい高くなる」と意に介しませんでした。おかげで、Aさんは70代とは思えないパワフルさで社長業を続け、「死ぬまで現役」を口癖にしていました。
ところが、年の瀬で多忙が続いた12月のある日、Aさんは脳出血で倒れてしまいました。疲労と寒さで血圧が一気に跳ね上がり、脳の血管が破れてしまったのです。かろうじて一命を取り止めはしましたが、いつまた再発するか予断を許さない状況に……。
今すぐにでも事業承継が必要になりましたが、Aさんは当然のことながら何の準備もしていません。従業員も家族も大慌てです。
さて、Aさんが急病に伏し、事業承継に一刻の猶予もないことを聞きつけた取引先の銀行マンが、Aさんのもとを訪ねてきました。そして、「長男さんが会社を継ぐのなら、これまで通り融資を続けますが、二男さんが継ぐのなら支援体制の見直しが必要になるかもしれません」と言ってきたのです。
銀行マンというのは「誰が後継者の器か」をよく見ています。後継者候補である息子二人の実績や人間性を見て、「この人に融資しても大丈夫かどうか」を測っています。そうでないと、返済が滞るなどした場合に、自分の首を絞めるからです。
彼らが頻繁に融資先の会社に訪れるのは、もちろん会社との信頼関係を築きたいからなのですが、その一方で、その会社の内情を知る目的もあります。従業員から漏れ聞く噂話や不平不満を耳にしたり、会社全体の雰囲気を観察したりなどして、その会社の将来性やトラブルのリスクなどを把握しています。特に地元密着型の信用金庫などは、地域の噂話などに精通しているので、会社の内情はほぼ筒抜けだと思っておいたほうがいいくらいです。
結局、Aさんは長男を呼び戻して、後継者にすることに決めました。父の目から見ても、長男には人を束ねるリーダーシップがあり、経営的なセンスにも優れていたからです。二男もまた昔から兄には一目置いているところがあり、自分より兄が会社を継ぐべきだと納得してくれました。
長男二男で跡目争いが起きなかったのはよかったのですが、いざ長男に承継するにしても何から手をつけてよいのか分かりません。ゆっくり検討している暇もありません。そこで困って、私のもとに相談が持ち込まれたのです。
本来なら、承継前に株価を下げて親から子へ移転しやすくするなどの対策を講じるのですが、そんな時間もなく、バタバタと株式の移転を終えて、どうにか長男への株の移転はすることができました。
ただ、承継後たった半年でAさんは他界。Aさん自身も息子たちも実務的な手続きをするので精一杯で、経営の考え方や会社の方向性といった会社の′′魂′′の部分をほとんど引き継ぐことができませんでした。
従業員たちは突然の社長交代に戸惑いを隠しきれず、会社は一時失速を余儀なくされました。
問題は事業承継の他にもありました。Aさんが自分の資産を明らかにしないまま亡くなってしまったので、それを一つひとつ探すのに家族は大混乱になりました。どこに、どんな資産を、どれだけ持っているかが分からないと、遺産分けができません。それに、相続税の計算もできないので申告手続きもできません。相続税の申告は、相続発生から10か月以内という原則が決まっているため、相続財産をそれまでにすべて見つけなければなりません。
遺族と金融機関で考えられる資産をすべて探しましたが、想定される財産の額に比べ、見つかった資産はほんのわずか。結果、相続税申告額の数字と想定財産額に大きな差ができてしまいましたが、どうしようもありません。数字が合わないことで遺族は税務署から疑いの目を向けられ、痛くもない腹を探られて、とても嫌な思いをしました。税務署とのやりとりは4か月近くかかってしまったのです。
問題点まとめ
問題点まとめ
事業承継に対するビジョンがない
Aさんの例でまず一番の問題は、自身の健康を過信して、事業承継の準備をまったくしていなかったことです。「生涯現役」を貫くあまり、誰に会社を継ぐのか、自分がいなくなった後会社をどうしてほしいのかなど、まったく考えていませんでした。その結果、Aさんも長男も一切の心づもりがない状態で承継に突入してしまったことで、他の家族や従業員など多方面に影響が及んでしまいました。
事業承継までに時間がなさすぎる
Aさんは突然の病気で、事業承継が待ったなしになってしまいました。時間がない中で承継を進めるしかなく、本来ならば打てるべき対策(株価対策、従業員たちへの根回しなど)が取れませんでした。
親子間でのコミュニケーション不足
Aさんは、事前に事業承継の方向性について、自分の資産の内容や保管場所について、家族にきちんと伝えていませんでした。つまり、コミュニケーション不足です。
事業承継については、どうにか長男への引き継ぎができ、帳尻を合わせることができましたが、資産についてはそうはいきませんでした。
家族は心当たりをあちこち調べる羽目になり、その労力は大変なものになりました。しかも、想定される資産が結局見つからず、遺産分けや相続手続きが進まないばかりか、挙旬の果てには税務署に調査されるなど、大きな負担を強いられました。
子に多額の財産を与えることへの不安
これは私の想像ですが、Aさんが自分の財産について誰にも話さなかったのは、自分に多額の財産があることを子らに知らせてしまうと、それを当てにして子どもが努力をしなくなることを懸念していたからのような気がします。
なぜなら、同じような相談を他の経営者たちからもよく聞くからです。「うちの子はお金を渡すと、すぐに使ってしまうのではないか」「お金のありがたみが分かっていないから、正直言って贈与するのは怖い」などです。あるいは、「早めに財産を子に移転してしまうと、親は用無しになってしまい、大事にしてもらえなくなる」と言ってくる人もいます。
こうした不安から財産を明らかにせず、相続が起きてから、遺族を混乱に陥らせるケースは意外に多くあります。